プロフィール

初めまして

苦しかった過去から軽やかで

透明な未来へ導いていく

人生の悪循環を断ち切るカウンセラー

白來【akiraと申します。

悪循環から抜け出せず、

環境や人が変わっても同じようなことが

起こってしまう方や、

『自分をダメだ』と

思い込んでいる方に向けて

カウンセリングを行っています。

私も、長い間『自分はダメだ』と

思い込んでいて、

悪いことが繰り返されることに

悩んでいました。

でもカウンセリングに出会い、

誰かに助けを求めることで自分を見つめ直し、

自分にも自信が持てるようになり、

次第に

人間関係、金銭面、環境も、健康面でも、

悪循環を善循環に代えてていくことが

できるようになり、

こんな私だから少しでも多くの人に

自分のことをダメだなんて思いこまず、

自分をもっと認めて

自由に生きていけるように

支援していきたいと思っています。

カウンセリングを受ける際は、

どんなカウンセラーか

知ってもらうことも大事ですので、

もしよかったら読んでみてくださいね。

幼少期に抱えた孤独と自己否定

私は8人きょうだいの

5番目として生まれました。

父は単身赴任で家を空けることが多く、

母は家事育児さらに祖母の介護で

日々に追われていたため、

私が1歳の時に祖母はなくなり、

その後色白で可愛い妹が産まれ

みんな妹を可愛がり、私はほぼ放置状態で

幼い私はどこかで

「自分は愛されていない」と

感じながら育ちました。

嫌われたくなくて、

いい子でいようと頑張るほど、

正解がわからず、

思ってもいないことを言ってしまったり、

うまく動けなかったりで

失敗をするたびに

「やっぱり私はダメな子なんだ」と自分を責め、

孤独を感じていました。

本当のことが言えず苦しみの中にいた学生時代

中学生の頃には、自分がしていないことで疑われ、

いじめを受け、不登校になりました。

本当のことを言ってもどうせ信じてもらえない、

こんな私の言うことは聞いてもらえない。

そう思い、学校へ行くことができませんでした。

しかし姉が学校へ行かなくなった私を

気にかけ外へ連れ出してくれました。

そんな姉の気持ちにこたえなければと、

再び学校へ通うように。

始めはとても怖かったのですが、

少しずつ友達と話し誤解も解けて

学校へ通えるようになりました。

高校生になると、思わぬ相手から告白され

「こんな私を好きになってくれる人は、

 この人しかいないかもしれない」

と思い、相手を好きになる前に

付き合うことにしました。

付き合うことも初めてだったので

嫌われることが怖くて

「NO」が言えず、高校3年生で妊娠。

親に反対され、

私は中絶はしたくなくて反発しましたが、

「高校生に育てられる子供のことを考えなさい、

 下ろしたくないという思いだけなら

 産んではいけません」と言われ

中絶することに・・・。

中絶手術の後、麻酔から目が覚めた時

子供がもうお腹にいないことがわかると

涙があとからあとから溢れ出て

「ごめんね、弱い私でほんとにごめんね」

「こんな私でごめんね」と何度も何度も謝りました。

不安の中での結婚

その後就職し、

少しでもしっかりしていこうと頑張っていました。

2年後に再び同じ相手の子どもを妊娠。

親は彼のことは信用できないと反対されましたが

彼も本気で私も今度こそ

ちゃんと育てたいと思っていることを伝え

何とか許可をもらい結婚し出産しました。

子供を出産し抱かせてもらったとき、

柔らかくて、小さな命に感動しました。

「ありがとう」

という思いでいっぱいでした。

それから夫はなかなか仕事につけず

アルバイトで稼いで

貧しいながらも必死に家庭を守っていました。

そんな中、

夫が子供のわがままに対して腹を立て

部屋の端から端まで投げ飛ばしたのです。

その時に「こんな人と一緒にいられない!」と

指輪を置いて実家に帰りました。

そのあと謝られ、

「もうしないから帰って来て欲しい」

その言葉を信じることにしました。

私の親友も家族ぐるみで仲良くするようになり、

家に遊びに来たり、泊まることもありました。

その内、夫が親友を

家までを送っていくようになりました。

私は少し心配していたので、

もう一人の親友に相談し友達から夫に事情を聴くと

親友のことを「好きになった」と言っていたと聞き

信じられなくなり震えが止まりませんでした。

夫に問い詰めると

「そんなことあるわけがない、

 親友と縁を切れ」と言われ、

私はどちらを信じればいいのか

分からなくなっていました。

しかし、家族を守るには

夫を信じるしかありませんでした。

そして引っ越しをして、

親友とは、縁を切ってしまいました。

結果、私は、

より孤独を感じるようになってしまいました。

病気、DV、モラハラ

慣れない土地で、知り合いもいない中、

不安で相談する人もなかなかいませんでした。

そんな中、手の震えや極度の緊張

ホットフラッシュなどの症状が出てきて

バセドウ病を発症したのです。

2年間薬を飲み続けなければ治らない

と言われました。

妊娠中だった為飲んでもいい薬は限られていました。

しかし薬が合わず蕁麻疹が出て

別の薬はあまり良くなかったのですが

飲むよう勧められました。

子供が卒園式で警察官になりたい

と言ったのをキッカケに

剣道を習うことになりました。

その教室ではできなければ

竹刀で叩いたりするのは当たり前で

私はそんなことはできないため

夫が付き添うようになり

子供に体罰をするようになりました。

子供は泣いているのに、

出来ないのは、ちゃんと指導しないせいだ!

と夫も責められ

次第にDV、モラハラは強くなっていきました。

私は子供のためになるのはどっちなのか、

やめさせるのがいいのか、

体罰をしてでも

できるようにしてあげるべきなのか

DVを止めるのも中途半端になってしまいました。

そんな私を見て

「お前はダメな嫁だ」「ダメな母親だ」

そんな言葉を繰り返し浴びせられ、

子どもたちにまで

そう言い聞かせるようになっていきました。

子たちたちにも

『ダメな母さん』という目で見られているように感じ

私は居場所無くしたように感じてました。

少しずつ自信を失い、心は疲れ果てていきました。

お金もなく、病院にも行く気力もなくなり、

通院できなくなっていました。

うつ症状と離婚

そんな中、剣道のママ友と夫の浮気が浮上

やっていないと言い張る夫と

喧嘩が絶えたませんでした。

その内、気力もなくなってしまいした。

動きたいのに動けない。

子供を保育園へ送り出した時には

帰ったら家事をしなきゃと思っていても

いざ家に帰ると体は重く動けなくなり

何もできないまま時間が過ぎていきました。

私は必要のない人間なのではないか、

生きている資格もないのではないかと

考えるようになりました。

それは夫から見ると甘えにしか見えず、

怒鳴られて責められて

私の頭の中は真っ白で

何も考えられなくなっていました。

やがて離婚をすることになれました。

うつ状態だった私は

「お前には子供は育てられない」と言われ反論できず

「こんな私に育てられたら

 ダメになってしまう」と思い

親権を渡してしまいました。

2度目の離婚そして自己破産

その後もっと自分をしっかりさせなければと、

資格を取得し正社員で就職しました。

その時に知りあった男性と付き合い

三年を経て再婚しました。

相手は子供を一人連れていて、

その子とも仲良くなるのにも時間がかかりましたが、

次第に打ち解けていきました。

その後子供を一人授かりました。

付き合っていた時から

夫のお金の使い方に違和感を感じていたのですが、

この人は前の人とは違うと言い聞かせ、

足りないというときは私が立て替えました、

そのお金は返ってこないまま流されていき、

次第にローンが組めないという夫の代わりに

私の名義で借金をし、だんだん膨らんでいきました。

生活もできないほどになる中、

夫の浪費問題によって再び離婚。

今度こそ子供は手放さないと

親権は譲りませんでした。

連れ子の子と離れるときは

悲しい気持ちでいっぱいでした。

子供を一人と借金を抱え、

絶望に打ちひしがれ

2度も離婚してしまう自分はダメだと

また思うようになっていったのです

母に「帰ってきなさい」と言われ

父の介護も母一人でしていたのもあり

実家に戻ることにしました。

父の介護をしながらだったので

うまく働けず、これでは拉致が明かないと、

自己破産も経験しました。

人生の中で何度も「もう無理かもしれない」と思う

出来事が続きました。

振り返れば、私の人生は苦しみや挫折の連続でした。

自分自身と向き合うという気づき

しかし、二度の離婚を経験した頃から、

あることに気づき始めました。

なぜ同じような苦しみを繰り返してしまうのだろう。

もしかしたら、

自分自身にも向き合うべき課題があるのではないか。

そう考えるようになったのです。

そこから心理学や潜在意識、自己理解について

学び始めました。

そしてカウンセリングに出会いました。

初めて自分の話を否定されずに聴いてもらった時、

張り詰めていた心が

少しずつほどけていくのを感じました。

人は、自分と向き合うことで初めて

相手とも向き合える。

私はそのことを身をもって知りました。

父との介護を通して得た変化

その学びを深く実感したのが、

認知症になった父との関わりでした。

認知症が進む父に対して、

私は毎日のように苛立っていました。

「どうして分かってくれないのだろう」

「どうして言うことを聞いてくれないのだろう」

私は父を“困った人”だと決めつけ、

自分の考えを押しつけようとしていました。

しかし、自分自身と向き合うことを学び、

改めて父の話を聴こうとした時、

見えてきたものがありました。

父もまた、父なりに迷い、苦しみ、

不安を抱えていたのです。

その瞬間、幼い頃から心のどこかにあった

父へのわだかまりがほどけていきました。

単身赴任でほとんど関われなかった父。

愛されていないと思い込んでいた父。

その父が、とても愛おしく感じられたのです。

それから私は父の気持ちに寄り添うようになり、父も少しずつ穏やかになっていきました。

認知症は進行し、やがて父は私のことも分からなくなりました。

それでも父は父らしく人生を全うできたように感じています。

介護は決してきれいごとではありません。

介護する側にも、される側にも言葉にならない苦しさがあります。

できていたことができなくなるもどかしさ。

思うように伝わらない切なさ。

その苦しみは、どちらか一方だけのものではありませんでした。

父は最後まで私に大切なことを教えてくれました。

「私はダメではなかった」という変化

そして今、私は確信しています。

私はダメな人間だったのではありません。

ただ、「自分はダメだ」と思い込んでいただけだったのです。

心理学やカウンセリングを通して自分自身を受け入れられるようになると、不思議なほど人間関係もお金の問題も少しずつ好転していきました。

離れて暮らしていた子どもたちとも再びつながり、

母や娘とも心から気持ちを分かち合うことができるようになれました。

バセドウ病も今では数値の異常も見られず、なかったかのように治っていました。

今、苦しみの中にいるあなたへ

だからこそ私は、かつての私と同じように、

「自分はダメだ」「どうせ私なんて」「何をやってもうまくいかない」「同じ問題を繰り返してしまう」「誰にも分かってもらえない」

そんな思いを抱えながら、一人で頑張り続けている方のお話を聴きたいと思っています。

もし今、出口の見えない苦しさの中にいたとしても、希望は必ずあります。

私自身も長い間、自分を責め続け、「もうどうにもできない」と思っていました。

だからこそ、あなたの痛みや不安に心から寄り添いたいのです。

人生はいつからでも変えることができます。

大きな変化を起こそうとしなくても大丈夫です。

まずは自分の気持ちに気づき、自分を責めることをやめてみること。

そこから人生は少しずつ動き始めます。

変わるのは環境や誰かではなく、自分自身との向き合い方です。

あなたの中にも、これまでの経験を乗り越えてきた力があります。

まだ気づいていない優しさや強さがあります。

私はその力を一緒に見つけ、あなたが本来の自分らしさを取り戻していくお手伝いをしたいと思っています。

あなたは決して一人ではありません。

どんな過去があっても、どんな今を生きていても、これから先の未来は変えていくことができます。

その一歩を、ぜひ一緒に踏み出していきましょう。